はじめに

 本書は、地方公務員を目指す学生と地方公務員として既に勤務している者を対象として執筆したものである。
 2000年4月から、地方公共団体は、地方分権推進一括法によって機関委任事務が自治事務と法定受託事務に再編成された結果、形式的にはそれ以前よりも地方自治を実現しやすくなったといえるのであるが、地方自治を財政の面から保障する国から地方公共団体への財源の委譲は、2003年3月現在、ほとんどなされていない。そこへ、国は、2001年度末現在で3,274ある普通地方公共団体を2005年3月までに1千にまで減少させるという荒療治を決行しようとしている。しかも、国政のレベルでは、国債残高の累増とデフレに起因する歳入不足に見舞われて、突破口を見出せないでいる。
 わが国は、まさに内憂外患こもごもいたる状況に置かれているわけで、社会的経済的な変革の時期にさしかかっていることは誰の目にも明らかである。1990年代に東西の冷戦構造は崩れ、国際化の進展の中でバブル経済が崩壊して景気低迷による税収の停滞が続き、少子高齢化による人口構成の変化に対応しなければならない。このような時にこそ、歴史的な縦の認識と国際化の進展をにらんだ横の視点を踏まえて、民主主義の原点からわが国の将来を照射し、観客民主主義から抜け出して国民的議論を展開しなければならないといえよう。わが国はまさに歴史的転換点に立っているのであって、わが国が世界経済における経済大国であり続けようとするならば、国際化、自由化、情報化の荒波を乗り越えるには、国が決定して地方がそれに従うという図式ではなしに、国民主権を出発点とする草の根を強化して住民自治を定着させることがどうしても必要である。
 地方公共団体を取り巻く状況についていえば、地方公共団体は第二次世界大戦後50年以上も続いた天皇主権時代の中央官僚による支配体制の下請け機関から脱して、首長も地方議員も国民主権に基づく行政サービスへと発想を転換しなければならない。この転換の認識が絶対に必要であって、地方交付税や国庫支出金に依存する地方行政から脱却して、地域社会のあり方は地域住民が決定するという住民自治の方向へ向かわなければならないのである。
 行政の分野では、中央官僚に依存する地方公務員の体質は依然として存続しており、地域住民よりも国の方を向いて仕事をしているといえる状況にある。地域住民が地域社会のあり方を決定するには、代議制民主主義では選挙公約の選択によるほかはないのであるが、都道府県庁、市役所、役場などは選挙で選ばれた首長や地方議員の選挙公約を実現するための行政組織であると認識している地方公務員は現在でも少数派にとどまっている。大多数の地方公務員は、前例踏襲を原則とする稟議制度の中に埋没して、時代の要請である制度変革に対する抵抗勢力となっている。
本書は、体制や制度が変革されても、事務手続きや事務事業の執行体制の中で変更しなくてもよいものもあるので、地方自治法、地方公務員法などの現行法を前提とする地方行政の実態を解明しながら、住民自治が徹底した場合を想定して、その向かうべき方向を明らかにしようとしたものである。住民自治に基づく政治主導の地方行政が実現した場合には、人事制度や予算制度は大幅な変更を余儀なくされるし、本書はその場合に想定される行政の現場における混乱を最小限にとどめることをねらいとしている。中央集権から地方分権への大きな流れの中で、地方行政の現場もまたさまざまな変革を求められるが、その際に本書が役立つことを願ってやまない。
目 次

はじめに
第1章 地方自治制度
 1 憲法と地方自治
 (1)地方自治の本旨
 (2)国民主権と行政の関係
 2 地方自治の機能
 (1)地方公共団体の種類
 (2)地方自治制度
(3)立法権
 (4)行政権
(5)組織権
 (6)財政権
 3 地域住民と地方自治
 (1)選挙公約と政策評価
 (2)選挙権と被選挙権
 (3)直接請求
 (4)住民監査請求と住民訴訟
 (5)請願と陳情
 (6)住民投票
第2章 地方分権の現状と課題
 1 地方分権推進一括法
 (1)国と地方公共団体の役割分担
 (2)都道府県と区市町村の役割分担
 (3)地方公共団体の財政自主権
 2 国と地方公共団体の関係
 (1)自治事務と法定受託事務
 (2)国と都道府県の関与
 (3)国と地方公共団体の係争処理
 3 議会の権限強化
 (1)地方議会と首長
 (2)条例制定範囲の拡大
 (3)検査権と調査権
 (4)政党と圧力団体
 (5)意見提出権
 (6)外郭団体
 4 地方分権の課題
 (1)法定受託事務の縮小
 (2)財政自主権の拡充
 (3)住民投票の実現
第3章 行政組織
 1 選挙公約と意思決定方式
 (1)機関委任事務による画一化行政
 (2)地方議会の政策立案能力の不足
 (3)行政組織における稟議制度
 (4)職階制の未実施と政治的任命職の不採用
 2 組織原則
 (1)命令一元性の原則
 (2)権限委譲の原則
 (3)権限と責任の原則
 (4)監督範囲適正化の原則
 (5)階層短縮平準化の原則
 3 組織形態
 (1)ライン組織
 (2)ファンクショナル組織
 (3)ライン・アンド・スタッフ組織
 (4)プロジェクト・チーム
 (5)フォーマル組織とインフォーマル組織
 4 官僚組織
第4章 人 事
 1 職員の種別
 (1)特別職と一般職
 (2)職員定数 
 2 人事機関
 (1)任命権者
 (2)人事委員会
 (3)公平委員会 
 3 任 用
 (1)任用の根本基準
 (2)欠格条項
 (3)任用の方法
 (4)離 職
 (5)天下り
 4 勤務条件
 (1)給 与
 (2)旅 費
 (3)勤務時間、休日、休暇等
 5 職員の権利と利益の保護
 (1)公務員の労働基本権
 (2)勤務条件に関する措置の要求
 (3)不利益処分に対する不服申立
 6 服 務
 (1)服務の根本基準
 (2)服務の概要
 (3)汚職防止
 (4)セクシャル・ハラスメントの禁止
 7 職階制と定期異動
 (1)職階制の現状
 (2)人事異動と行政改革
 (3)政治的任命職
 8 分限と懲戒
 (1)分限と懲戒の概要
 (2)分 限
 (3)懲 戒
 9 業績評価制度と自己申告制度
 (1)業績評価制度
 (2)自己申告制度
 (3)目標管理とモラール
 10 研 修
 (1)人材育成
 (2)地方公務員法上の研修  
 11 福利厚生
 (1)厚生制度
 (2)共済制度
 (3)公務災害補償制度 
第5章 文 書
 1 意思決定と文書
 (1)起 案
 (2)決 定
 (3)用字と用語
 (4)公 印
 2 文書の管理
 (1)文書事務
 (2)秘密文書と情報公開
 (3)オフィス・オートメーション
 3 稟議制度と政治的意思決定
第6章 財 務
 1 首長の選挙公約と予算編成方針
 (1)増分主義
 (2)PPBSとゼロベース予算
 (3)量出制入
 (4)現金主義会計の改革の必要性
 2 御製サービスと費用負担
 (1)租税原則
 (2)一般財源と特定財源
 (3)自主財源と依存財源
 (4)地方財政計画と地方債計画
 (5)財政自主権と課税自主権
 (6)補助事業と単独事業
 3 予 算
 (1)予算の原則
 (2)予算の種類
 (3)予算の構成
 (4)予算の様式
 (5)予算の提案と議決
 (6)予算の公表と報告
 4 決 算
 (1)決算の調製
 (2)監査委員の監査
 (3)議会の決算審査
 (4)公営企業の決算
 5 金銭会計
 (1)命令機関
 (2)出納機関
 (3)公金取扱機関
 (4)収入事務
 (5)支出事務
 6 契 約
 (1)私法上の契約と公法上の契約
 (2)契約の締結権限
 (3)契約の締結と議会の議決
 (4)契約締結の方法
 (5)契約の締結
 (6)契約の履行
 (7)対価の支払い
 7 財 産
 (1)財産の種類と管理
 (2)公有財産
 (3)普通財産
 (4)物 品
 (5)債 権
 (6)基 金
 8 損害賠償
 9 財政分析
 (1)財政分析指標
 (2)普通会計と決算統計
 (3)目的別分類と性質別分類
 (4)義務的経費と投資的経費
 (5)経常収支比率
 (6)公債費負担比率と公債費比率
 (7)財政力指数

あとがき

 マニフェストは、2003年4月の統一地方選挙に登場して以来、中央政界にも波及して、マニフェストの内容が選挙結果を左右しかねない状況となりつつある。この政治現象は、代議制民主主義が正常に機能し始めた証拠であって、主権である国民が本格的に政権を選択できる政治状況が現出しつつあるといってよい。
 地方選挙においても、マニフェストが一般化すれば、マニフェストの作成者の間で財源の調達が問題となり、地方公共団体の財政自主権の必要性が立候補者の間で深刻に認識されるに相違ない。地方議員から財政自主権の要求が出るようになれば、中央政界も無視できなくなり、地方交付税の減額、国庫支出金の削減、国の財源の地方委譲の三位一体の改革は、紆余曲折はあっても、着実に進展するであろう。この意味で、わが国の地域社会に住民自治が根付くことを願ってやまない筆者としては、2003年がマニフェスト元年として記憶されるようになることを期待している。
 本書は地方議員を対象として執筆したものであり、少子高齢化が進展する中で、地域住民の代表として否応なしに大変革に立ち向かわざるを得ない地方議員の政治意識の向上に役立つことを願っているが、この願いが実現するかどうかは、地域社会にマニフェストが受け入れられるかどうかにかかっていると考えている。
 ところで、出版不況といわれている中で、本書の出版に踏み切られた林克行社長の英断に敬意を表したい。林社長の英断なくしては、本書は日の目を見なかったであろう。

2004年2月